AIの発達
最近、AIが急速に発達してきました。便利で、手軽で、すごいものが簡単に出てくる。そんな時代です。けれど、その流れの中で私は、ある違和感を覚えるようになりました🤔
それは「プロンプト(指示)を入力し、AIが生成したものをそのまま“作品”として出力する」──この行為が繰り返されていくと、表現者から“ただの出力先”に置き換えられるのではないか、と。
自分の意思や世界観ではなく、AIが導き出したビジュアルや物語に感動し、それを“自分のもの”として扱い始めたとき、本人が気づかないまま、AIの生成物に心まで支配され、ただの出力者になってしまわないか。
誰も気づかないまま、静かに進んでいく“支配”、そんな“本当の支配”に侵食されていくとしたら?
人々の関心がなぜAIに向かうのか?「これからはAIが使えないと置いて行かれる」「差が大きくなる」そんな言葉をよく耳にする。確かにそうだろう。
それは、AIが“金儲け”から切り離せない存在になりつつあるからかもしれない。
人間は、分かれていくのか?

AIが進化していくこれからの時代──きっと分かれていくのは、表現者たちだけではないのだろう。
もしAIの道が2つに分かれているとしたら、あなたはどちらに立っているか、自分でわかりますか? AIに支配され、ただの出力者になるのか?それともAIを使いこなせる人になるのか?
AIを使いこなすとは、どういうことか?──それは、人間としての在り方の分岐点なのかもしれない。


